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あんな話こんな話1048

何作っても売れねえべ…気がつけば「激辛の村」
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20181130-OYT1T50029.html

『中南米原産の激辛唐辛子「ハバネロ」を使った商品が、福島県平田村の「道の駅ひらた」で人気を集めている。東京電力福島第一原発事故を機に栽培と商品化を進めたところ、いまや農家12戸がハバネロを生産し、店頭にはカレー、ドレッシングなど約10種類がずらり。昨春からは勝手に「日本一辛(から)い村」を名乗り、海外進出ももくろんでいる。
10月下旬、道の駅の店頭に積まれたのは、新発売の「生地獄(いきじごく)カレー焼きそば」。原料のハバネロが不足したため、9月の収穫を待ち、予定よりも約1年遅れのデビューとなった。乾燥させたハバネロをたっぷり振りかけたソフトクリーム「ハバネロトッピングソフト」も約半年ぶりに復活。駅長の高野哲也さん(57)は不敵に笑う。「自己責任で召し上がってください。決してお薦めしません」
ハバネロ商品が生まれたきっかけは原発事故だ。福島第一原発から約45キロ離れた村でも2011年6月までホウレンソウやコマツナなどに出荷制限が出た。その後も「どうせ作ったって売れねえべ」と意欲を失う農家を励ますため、道の駅では「野菜は全部買い取る。その代わり、来年も農業をやめないで」と採算度外視で買い取った。その中に「珍しくて赤くてかわいいから、風評に負けずに売れるかも」と3農家が試作したハバネロがあった。
11年秋、道の駅が買い取ったハバネロは約200キロに上ったが、辛すぎて全然売れない。商品化しようと業者に粉末加工を頼んだが、吸うとせき込む、触ると痛い、涙も出る――という代物で、「えらい目にあった。労災になるから勘弁して」と断られた。
そんな中、矢祭町の元シイタケ生産者が加工を引き受けてくれた。原発事故で原木シイタケが売れなくなり、加工業を始めたばかりだった。ハバネロ専用乾燥機を用意し、防じんマスクに防護服姿の社長が作業に当たった。
11年冬、第1弾「ハバネロ味噌(みそ)」が完成。それでもハバネロは大量に余り、レトルトカレー「ハバネロ戦隊カラインジャー」も開発。あまり売れず、辛さ10倍の「激辛レッド」も売れ行きはそこそこだった。
「もっとハバネロを消費できる商品を」と生まれたのがハバネロソフトだ。最も辛い「地獄級」の完食者を無料にすると、次々と挑戦者が現れ、既に約260人が完食した。人気に火を付けたのは、昨年3月に発売した、激辛レッドの30倍の辛さの「生地獄カレー」。なぜか激辛レッドの3倍も売れ、北陸や東海地方などからも挑戦者が訪れた。
気がつけば、開発品は10種類以上。今年初めには原料がなくなり、稼ぎ時の春の大型連休前にハバネロソフトは休止に追い込まれた。辛酸をなめた結果、12農家に種を無料で配布し、買い取り価格も引き上げて今年は約1トンを購入した。
道の駅に出荷する農家の平均年齢は73歳。意欲を維持してもらうために海外進出を目指し、10月中旬には千葉・幕張で開かれた海外バイヤー向け商談会に初出店した。イスラエル、カタール、香港のバイヤーがサンプルを持ち帰るなど、関心を示した。高野さんは「ハバネロは偶然の産物で、あくまで広告塔。これをきっかけに村を知ってもらえたら」と期待している。

ハバネロ



Jヴィレッジ、活況へ道半ば 再開4カ月、夏休みは順調
https://www.asahi.com/articles/ASLCW4SR6LCWUTQP018.html

『福島県楢葉町と広野町にまたがるスポーツ施設「Jヴィレッジ」が、2011年の東日本大震災での東京電力福島第一原発事故による休業後、営業を再開して約4カ月が経つ。かつて、サッカーの合宿や大会を中心に年間50万人が利用した「日本サッカーの聖地」。再開後、夏休み中の利用者数は順調に伸びたが、震災前の活況を取り戻すには課題もある。
11月20日、Jヴィレッジの全天候型練習場で第1回のウォーキングサッカー全国交流会が開かれた。高齢者や初心者も手軽にできる「歩くサッカー」を楽しもうと、12都県から約110人の愛好者が集った。主催した総合型地域スポーツクラブ・はらまちクラブ(福島県南相馬市)の江本節子理事長は、「周囲に海も緑も多い素敵な場所に、たくさん芝生のグラウンドがある。多くの人が利用すればいい」と再開を喜ぶ。
Jヴィレッジは1997年、「日本初のサッカーナショナルトレーニングセンター」として誕生。06年ワールドカップ日本代表の練習拠点としても活用された。だが原発事故後は対応拠点として駐車場や東電の社員寮などになり、11面あった芝のグラウンドのほとんどにアスファルトが敷かれた。
それが今年7月28日、約7年半ぶりに再開された。今は天然芝6面と人工芝のグラウンド3面が整う。残り2面は来年4月に再開予定。天候に左右されずに使える屋根付きドームの全天候型練習場も新設された。
芝生復旧などの原状回復費用は東電が負担。全天候型練習場の工費は個人、団体、企業からの7億円の寄付と、サッカーくじの助成金15億円が投じられた。大浴場を設けた新しい宿泊棟の建設は、福島県が20億円を負担した。

出だしは順調だった。事業運営部の猪狩安博さんによれば「7~8月は、延べ6千人が泊まり、震災前の同時期と同水準」。主に関東から、小学生の合宿や高校生の大会で利用され、サッカー以外の競技の大学生の合宿にも使われた。
ただ、今後の道のりは険しさが予想される。震災前も集客が課題だった9月以降は、利用者数が落ち込んでいる。一番の課題は、原発事故の風評被害の払拭(ふっしょく)だ。「放射線量は安全な数字が出ている。あとは、『復活している』『実際に利用されている』ということをいかに広められるか」と猪狩さん。
サッカーのナショナルトレーニングセンターは堺市や静岡市にもあり、今やJヴィレッジが唯一ではない。震災前も07年度から09年度は3年連続で赤字だった。17年度決算は、営業再開に向けたスタッフ増員などの経費がかさみ、1億2千万円の経常赤字。運営会社は21年度に経常損益を黒字にさせる目標を明らかにしている。スポーツ関連だけでなく、企業の研修や会議、一般の観光客の宿泊など幅を広げる必要がある。
大きな期待は、20年東京五輪の男女日本代表の事前合宿地となっていることだ。再開にあたって、関東地方でサッカーに関心のある大人や子どもを対象に調査をしたところ、「日本代表が使うと、自分たちも使いやすい」という声が強かった。「トップレベルが使う様子をみんなに見てもらいたい。そして、代表が使うところで自分たちもプレーできるという良さも改めて発信していきたい」と、猪狩さんは話している。
                           ◇
〈Jヴィレッジ〉97年、原発増設の「見返り」として東京電力が建設し、福島県に寄贈された。施設は、全天候型練習場は福島県、それ以外は福島県の外郭団体である福島県電源地域振興財団が保有。運営管理は東電、県、日本サッカー協会などが出資した運営会社が行う。17年度は、東電からの施設使用料などで3億4千万円の売り上げがあった。』

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